パリの郊外暮らし

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2008年 12月 19日

もうあとすこしでクリスマス @ St.Germain-en-Laye

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 街は熱気を帯びた賑わいを見せている・・・プレゼントを買い求める人・人・人・・・24日のクリスマスディナーや、25日のクリスマスランチ(どちらかというとこっちが主流かな)のための七面鳥や海の幸プレート(オマール海老や生牡蠣などなど)の予約をする人々・・・。

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 そんな風に世の中がお祭り気分で盛り上がっているときに、とても悲しい出来事が起きた・・・じゅんぺいと仲のいい女の子のお母さまが亡くなってしまったのである・・・。

 その女の子は日仏のハーフである・・・お母さんがフランス人で、お父さんが日本人・・・でも、そのお父さんのことを彼女は知らない・・・16年前に彼女はフランスで生まれ、認知はされたが両親は結婚していなかった・・・詳しい経緯は知らないが、お父さんは日本へ帰ってしまい、その後は音信不通・・・もう自分の家庭を持っているらしいが・・・養育費などは一切払ったことがなく・・・彼女が「最低の父親だ」って言ってた、とじゅんぺいから聞いたこともある。

 彼女のお母さんは日本が大好きだった・・・J-Popにも詳しかったし、何より自分の娘にどうしても日本語を話させたいと思っていたので、小さい頃からなんとか日本人のベビーシッターを探してきて、娘の相手をさせたそうだ。パリの日本語補習校にも小さい頃からせっせと通わせて、自分も一緒に送り迎えをしていた・・・娘が中学生になってからも心配だからといってずっと送り迎えを続けていたそうで、途中から補習校に入ったじゅんぺいと3人で帰りに甘い物を食べたこともあったようだ・・・チョコレートが何よりも大好きだったとか。

 じゅんぺいと彼女が初めて出会ったのは、現地校の中学2年生のとき・・・同じクラスに日本名を持つ女の子がいたので、日本語で話しかけてみたところフランス語で返ってきたそうだ・・・恥ずかしかったのかも知れない・・・彼女の日本語はちょっとたどたどしくて・・・母国語だから、ではなく努力の結果話せる、という感じが伝わってくる・・・。

 そんな彼女を文字通り女手一つで育ててきた明るくエネルギッシュなお母さんが肺がんに冒されているとわかったのは今年の6月・・・夏のバカンス直前のことだった(ちなみに彼女は喫煙者ですらなかった)・・・じゅんぺいがそのことを聞いた時、彼女は同時に、「お母さんがもし亡くなったら、私は日本にいるお父さんを探し出して、面倒を見てもらわなくてはならないかも。そうなったら、日本で暮らすことになる」と言ったそうだ。行方の知れないお父さんを見つけ出して、更に親としての義務を果たしてもらうよう働きかけるなんて、なんてひどいミッションなんだろう・・・彼女の立場を考えただけで頭がクラクラとし、そんなことにならなければいいね、とじゅんぺいと話した。

 ただ、「その日」は惨くも訪れてしまった、それもこんなに早く・・・

 9月になってからも、お母さんは相変わらず彼女に付き添って日本語補習校に来てた、と聞いていたので、あぁ、それならそんなに悪くはないんだろう、と思っていたのに・・・。

 昨日はお葬式だった。彼女は仏教徒に改宗していたので、こちらでは珍しい火葬をすることになっていた。学校を早退してきたじゅんぺいと一緒に火葬場に行くと、イスのたくさん並んだ部屋に案内され・・・BGMに、ABBAのダンシング・クィーンがかかっていた・・・お母さんの大好きだった曲だという・・・部屋の片隅にお母さんの棺があった・・・ひとりずつ順番に最後のお別れをしに行った・・・洋風というかこちらの棺には窓などはついていなかったので、きちっと閉められた棺に向かってお祈りをした・・・あんなに一生懸命に愛情をこめて娘を育てていたお母さんが、娘を一人残して逝かなければならなかった・・・その無念さを思うと、やるせない・・・彼女の苦痛は病のそれではなく、押し潰されそうなほどの心の痛みであったはず・・・その辛さは筆舌に尽くしがたいものだったに違いない。

 彼女は気丈に振舞っていた・・・親族代表の挨拶もひとりで行なった・・・途中、ちょっと涙になってしまったけれども、ちゃんと持ち直して最後まで言い切った・・・本当は日本語での演説も前日にじゅんぺいと一緒に用意していたんだけど、感極まって言えなくなってしまった、せっかく手伝ってもらったのにごめんね、と後でじゅんぺいにあやまっていた・・・その姿を見た私は、もうただただ驚いていた・・・こんな大変な思いをしている女の子が、ひとりぼっちになってしまってものすごく心細い思いでいるはずの16才の女の子が、どうしてこんなにしっかりと、凛としていて、却ってみんなに心遣いをするような・・・そんなことが可能なんだろう・・・。
 そして、帰る間際に挨拶をしに行ったら、「こんな風にみんなに囲まれているの、っていいね」とにっこり笑ってひと言・・・あぁ、なんでこんなにいい子なんだろう・・・彼女には絶対に幸せになってもらわなくちゃいけない、と強く強く思って帰って来た次第である。

 お母さんの望みは、日本で葬られることだった・・・できればどこかの山の頂上で死にたい、とも言っていたそうだ・・・そこまで日本が好きだったのか、と私は信じがたい思いでその話を聞いた・・・彼女は来年、お母さんのお骨を持って日本に行くそうだ・・・誰を頼って行くのかはまだ未定である・・・果たしてお父さんに会うことができるのか・・・。

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 そんな訳で、昨日は外の賑わいとは対照的な、しんみりとした一日だった。きっと、彼女もこれから毎年クリスマスが近付くたびに、この悲しい出来事を思い出すことになるんだろう・・・全くもってやりきれない・・・神様のコノヤロー! という心境だ。

 でも、そんな彼女にも JOYEUX NOEL ... ! !

 たくましく生きていってください・・・あなたなら絶対大丈夫・・・。
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by maVieestBelle | 2008-12-19 18:22 | じゅんぺい高校生日記


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